2010年度 第16回「吃音ショートコース」詳細報告
報告者:掛田 力也


 「相手の思いが分からない」から、私たちはしばしば人間関係に悩む。他者の思いを知る事は不可能だが、他者の立場を演じ、他者の目を通して自分の姿を客観的に見ることはできる。すると、思いがけず他者の気持ちに共感できたり、自分の思い込みが発見されたり、硬直した関係を解きほぐすヒントが見つかったりすることがある。また、自分と異なる役割を演じてみることで、新しい自分の可能性や魅力に気づかされることもある。
 サイコドラマは、今まで気付かなかった人生の様々な可能性を発見するきっかけとなりうるものである。増野肇さんを講師に迎えた3日間のワークショップを報告する。
※吃音ショートコース全体の時間割は、こちら のページをご覧下さい。
※写真画像は、2010年度吃音ショートコース フォトアルバムページをご覧下さい。

 例年よりも参加者の少なかった今年のショートコース。溝口さんの進行で会場はどんどん笑いと温かさに包まれ、大阪吃音教室のいつもの例会のような雰囲気に。
 おなじみの「進化ジャンケン」や「自己概念バスケット」で体をほぐしたあとは、8月に完成・発売したばかりの『学習・どもりカルタ』を参加者全員でやってみるという今年度ならではのスペシャル企画になりました。みんな、読み札のメッセージ1つひとつを味わいながら、子どもに戻ったように真剣に取り組みました!

 今年の吃音臨床講座では、人数が少ないことで、一人ひとりが自己紹介をしあうという異例の時間を持つことができました。「自分はこんな人間です」というメッセージを入れる自己紹介にみんな緊張気味。
 しかし、場の力に支えられて、「人の誘いを断れないんです」「最近ドジなことばかりです」「営業の仕事をしていて、人と話すということを真剣に考えるようになりました」「人が心配しないことを心配してしまうんです」「夜勤明けです・・」などと自分のことを伝えあうことができました! お互いのことを知ることで、参加者同士の距離がまた一つ近くなりました。またその事が、あとに続く「サイコドラマ」の中でも大いに生かされることになりました。

【体験発表】鈴木 永弘「吃音人生を振り返って」
 少年時代の自身を悩ませる大きな種であった「吃音」と「乗り物酔い」の苦しみや共通点を独自の視点で分析し、ユーモアをまじえながら、ゆっくりと丁寧な語り口で発表されました。
【活動報告】溝上 茂樹「サマーキャンプ報告」
 鹿児島県姶良(あいら)市で「ことばの教室」の担当をしていらっしゃる溝上茂樹さんが、サマーキャンプの報告を発表しました。
【活動報告】高木 浩明「『吃音ワークブック』出版への取り組み及び実践報告」
 栃木県宇都宮市で「ことばの教室」担当をされている高木浩明さんが、伊藤さんを中心に全国の「ことばの教室」の担当者などが集まった〈吃音を生きる子どもに同行する教師の会〉の仲間と一緒に、吃る子どもたちと積み重ねてきた実践をまとめ、『吃音ワークブック』を仕上げていった経過と、並行して進められた『学習どもりカルタ』の制作について報告されました。
≪2010年度「ことば文学賞」受賞作発表≫
◎最優秀賞 鈴木 永弘「どもる力」
◎優秀賞 藤岡 千恵「吃る、あなたの娘より」
◎優秀賞 赤坂多恵子「どもりは審査委員長」
 受賞された3人は、吃音と共に歩んできたこれまでの人生を、「過去に出会った様々な人たち」、「家族」、「仕事」というそれぞれ異なるものとの関わりを通して描いています。個々の関わりの中で沸き起こり、消え、また変化してきた複雑な感情の動きを、それぞれの個性あふれる文体で巧みに綴っています。また、三者ともこれから生きていく自身の思い、決意などをしなやかに述べています。

 いよいよ、増野肇さんによる「サイコドラマ入門」のスタートです。統合失調症など、病気やその他の様々な課題を抱える人たちとの出会いを通して、「セルフヘルプグループ」の意義、その中での「森田療法」や「サイコドラマ」の果たす役割について考えてこられたという増野さん。
 何でも理論や理屈でしかものごとを捉えられなくなった人間が、本来持っている「感覚的」なものを働かせることにより、もっと楽に生きる道を探し出せるのではないか。「固定化された役割」から抜け出せなくなっている人たちが、舞台に上がって様々な役割を「演じる」ことにより、自分に隠された沢山の可能性を再発見できるのではないか。そんな問題意識の中で「サイコドラマ」を続けているとお話されたあと、参加者一人ひとりに「今、何を期待しておられますか」と問いかけられました。
 参加者からさまざまな発言が出た後、こうして参加者どうしが思いを交流しあう時間を「シェアリング」ということ、その場は「言いっぱなし、聞きっぱなしのルール」(自由に話ができ、その意見に対しどんな評価もアドバイスもされない)に守られていることなどを確認されました。
 続いて、「ウォーミングアップ」のワークが始まりました。
 ユニークなアイディア満載のワークに参加者もあっと言う間に引き込まれ、大笑いしながらいつしか自然と自分を語り、表現するように。「好きなことを話すとき、人間の顔は一番良い顔をする」「こうして自分の内面世界を表現してみることで、人間像が立体的に見えてくる」「自分の中にある隠れたroll(役割)に気付くことができる」という増野さんの解説に、「ウォーミングアップ」の奥深さが次第に分かってきます。
 何気なく語る内面世界にこそ大きな意味があること、それを持つ一人ひとりの存在が大切なんだよ、というメッセージを、増野さんが届けてくれていると感じられた一幕でした。

 「サイコドラマ」の実践に近づくワークが始まります。《思い出横町》と題されたワークは、参加者が実際に体験した過去の話を振り返りながら、グループのメンバーがその場面をドラマに再現していきます。「サイコドラマ」が、自分が「事実」であると思っている日常のやりとりや出来事に、自ら別の視点を取り入れることで、全く新しい意味づけをし、「新たな事実」を発見できる作業であることが、このワークを通して理解できました。
 また、続けて行われた《魔法のレストラン》のワークでは、グループで知恵を出し合いながら、参加者の抱える問題についての解決策やアドバイスを「料理」に見立てて考え、表現していきました。応援された本人は、「自分の良いところ」をお礼として返すという場を与えられます。応援され、お返しする。サイコドラマを「グループで取り組む」ということのもう一つの意義が感じられるような一場面でありました。

 サイコドラマによって、いよいよ参加者の吃音による人間関係の問題を探っていくことになりました。問題はありながらも「そのままでいいんじゃないか」と妥協しようとする自分、「もっと変えていかなきゃ」というもう一つの自分を再現しながら、自分の内面奥深くにある「本当に気持ち」に気付けるかどうかを試していきました。また、そんな自分を天高い所から見守り、温かく励ましてくれる「守護天使」も登場しました。
 後の「シェアリング」では、同じような経験をした参加者が何人もいることが分かり、ドラマを自分の課題として捉える感想が続きました。
 もう一つは、職場で吃音の無理解によるいじめやからかいにあっているという参加者のワーク。主人公役を務めた参加者は、自分の良いところを再発見し、どこかに自分の味方になるものがあることを知り、仕事の上でより状況を改善するためには何をすれば良いかを具体的に考えるスタートを切ることができました。
 「シェアリング」では、「ドラマの中で認識を変えることで、周りにも影響を与えることがある。相手に変化を求めることは難しくても、自分を変えることはできると思った」「よくよく見れば、自分の味方になってくれる何か、誰かがいると感じた」という感想が続きました。

 3日目午前も、引き続き当事者のワークを続けました。《曼荼羅サイコドラマ》という新しいワークで、「リラックスしている自分」「友だち代表」「家族代表」「自分を支えてくれているもの」「過去の自分」・・・など計8つの役割と関わりながら、「未来の自分」へ向けての自分の決意をセリフにしてみました。

※2時間の対談の一部を紹介
◎「自然治癒力」と「治療共同体」
伊藤:良い生活の中で、具体的に生きることを通して解決したり、変化していくことも大きい。
増野:森田療法がそれだ。「治そう」と考えるあまりそこに固着して、治るものも治らなくなる。対人恐怖や吃音は治るものではないが故、吃音を抱えながらどう生きていくかが重要である。そこにセルフヘルプグループの大きな存在意義がある。
増野:人は皆、自分の力で自分の問題を解決していく力がある。サイコドラマは、1つの問題にスポットを当て、余計なものをそぎ取って真実を明らかにする力がある。その力を、本来人間は皆持っている。またそれは、一人では「妄想」になってしまうから、グループの力がいる。
伊藤:グループでただ集まれば良いのではなく、それをどうシステム化するというか、深めていくかというこ とも今回のサイコドラマを見ていて痛感させられた。