『どもる子どもとの対話 〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力〜』読後感想
変わっていくことば
高木 浩明(宇キ宮市立宝木小学校 ことばの教室教員)
 
『どもる子どもとの対話』表紙
 
 2014年の吃音ショートコースは、国重浩一さんが講師の「ナラティヴ・アプローチ」のワークショップだった。私は、そこで国重さんからインタビューを受ける経験もした。この時の様子をまとめた2015年度の日本吃音臨床研究会の年報を読み返すと「こんな話を聴いたなあ」「確かにこんな発言があり、こんなこと思ったなあ」といった記憶が、その場の賑やかな声とともに蘇ってくる。話しことばで書かれた記録だからというだけでなく、国重さんや伊藤さんの語ることば、さらには参加者も加わったやりとりが、3日間の中での私たちの学びの様相を、ナラティヴに触れて変化していく姿をリアルに映し出しているからだろう。
 
 この本では、ナラティヴ・セラピーを進めるための基本的な考え方や構え、ナラティヴ的な質問の組み立て方などを、国重さんがとても分かりやすく、ていねいに語っている。それらは今の私に参考になる、大切にしなければならないことばかりである。
 「マイノリティの価値観が生き残っていくためには、関心を分かちあうコミュニティが大切だ」と、吃音ショートコースで国重さんが話されていた。この本に書かれている“ことば”は、吃音ショートコースのような関心を分かち合うコミュニティにいる人には分かりやすいが、関心のない人には、これだけではなかなか通じないかもしれないと、私は少し心配だった。
 
 この一年間、『どもる子どもとの対話』の原稿を幾度となく書き直し、修正する中でしばしば思ったのは、この本を私たちは誰に向かって書いているのかということだった。私はこれまで、それを読むどもる大人や子どもたちの存在を意識し文章を書いてきた。今回は、「私たちが語るどもり」についてあまり知らないことばの教室の担当者や言語聴覚士あるいはどもる子の保護者、さらにはナラティヴ・アプローチや「対話」というフレーズに関心をもった人たちにも伝わることばで書く必要があると考えた。そう思いながらことばの教室での子どもたちとの実践部分に手を入れ、ことばを削ったり足したりしてきた。
 
 こうして出来上がった本を手にし、表紙のデザインの印象もあってか、ほんわかとした気持ちを感じながら読む中で、これまで原稿の状態で何度となく読んでいた文章、ことばが、これまでは違う表情を示しているように思えてきた。それは原稿の初期の段階ではまだちょっと「関心を分かちあうコミュニティ」に向けたことばだったものが、書店に置かれ、誰もが手にできる状況に対応できるよう、表現が練られ、校正が進められ、より多くの人が理解できる、外側に向かって開かれたことばに変わってきているように思えた。こうなるためには、1年という時間が必要だったのだ。
 
 今はただ、私たちのことばが、一人でも多くの人たちのところへ届いてほしい、そして対話の楽しさを感じ、それを子どもたちと取り組みたいと思う人が増えてほしいと、願うばかりである。
 
日本吃音臨床研究会機関紙『スタタリング・ナウ』2019年1月号掲載
 

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