ISAD


 ISADとは、『国際吃音アウェアネスの日』と言って、吃音について世界中の人によく知ってもらうことを目的に、1998年の国際吃音者連盟(ISA)の総会で決められました。
 2003年で第6回目となり、インターネット上で、オンライン会議が開かれました。期間は10月1日から「世界吃音者の日」の10月22日までです。

 2003年のオンライン会議では、大阪スタタリングプロジェクトの川崎益彦が、日本吃音臨床研究会(JSP)の一員として、吃音者のセルフペルプグループ活動を報告しました。
 タイトルは「吃音者にとって本当の意味でのセルフヘルプグループとは何か」です。



吃音者にとって本当の意味でのセルフヘルプグループとは何か

ジャパンスタタリングプロジェクト  川崎 益彦


 2000年6月22日、日本の公営放送局であるNHKの全国放送で、毎週金曜日の夜に行われている「吃音教室」が30分間放映されました。この「吃音教室」は、JSPが30年以上にわたり主催しています。僕がこのセルフヘルプグループに入って体験したこと、感じたことを交えて、本当の意味での吃音者のセルフヘルプグループとはなにかを考えてみたいと思います。

 まずはじめに、僕が38歳でこのグループに出会うまでのことをお話しします。どもり始めたのは小学校入学前からで、親から「どもってはダメだ」と吃音を否定され続けていました。だから、吃音は悪い物、どもる自分は劣った子どもという考え方を持ってしまいました。症状が比較的軽かったせいか、言い換えたりごまかしたりしていましたが、自己紹介を必要とする場面や電話からは徹底して逃げていました。

 父親の会社で働いているとき、会社が倒産の危機に見舞われました。その時迄僕は、「会社が悪いのは自分のどもりのせいだ」と考えていましたが、自分のどもりが治ったからといって会社がよくなるわけありません。何もかもどもりのせいにして何の努力もしなかった自分に気付いたのです。そのことに気付いてから急に気が楽になりました。それから会社の従業員に自分のどもりのことを話し、電話は全てその社員に頼む変わりに、それ以外の仕事を一所懸命にした結果、仕事はうまく行くようになりました。仕事に対する自信は出来たのですが、相変わらず話す場面になると劣等感がとてつもなく大きくなりました。

 仕事をしながら、社会福祉の勉強やボランティアを始め、いくつかの心理学のワークショップにも通うようになりました。いろんなワークショップを体験する中で、どもりに対する気持ちを表現できて気持ちが癒やされたこともありましたが、その結果は自己否定を強くするだけでした。そのうち、他のワークショップに参加したときに、JSP代表である伊藤伸二さんに出会ったのです。伊藤さんは僕の話を真剣に聴いてくれました。そして伊藤さんは、「逃げることが出来るならいくら逃げても良い、逃げる自分を許そう」と言ってくれました。
 僕はそれまで、様々なことから逃げている自分を責めていたので、その言葉を聞いてとても救われた気がしました。それから、JSPのセミナーに参加して、多くのどもる仲間に出会ったのです。はじめは平気でどもっている吃音者を見て、どもりの仲間になりたくないという思いと、いじけてどもりを悟られまいと必死にがんばってきた自分に比べ、みんな無理をしないで生きているのがとても自然で羨ましいという気持ちの両方がありました。それから毎週金曜日の吃音教室に休みなく参加したおかげで、どもりが嫌ではなくなりました。どもっているそのままの自分でいいという自己肯定感を持つことが出来ました。それどころか、吃音のおかげで普通だったら気付くことの出来ない様々なことに気付き、いろんな勉強をすることが出来ました。正に吃音は僕にとって「贈り物」だと思っています。

 僕の場合は幸い素晴らしいグループに出逢えてよかったのですが、ここで本来の意味でのセルフヘルプグループの役割とは何か考えてみたいと思います。まず、病気や障害を治すとか軽くするとかは医療の分野の話ですから、治療だけを目的とするグループはセルフヘルプグループとは言えません。治らないものをお互いどうサポートするかがセルフヘルプグループの役割です。従って、セルフヘルプグループは障害を持って集まる人の障害そのものを否定しません。つまり、吃音であれば吃音を否定しないのです。症状を軽くするとか、治すとかを本来の目標とはしないのです。ここまで読まれて「治す」ことのどこが悪いの?と疑問に思った人もいるでしょう。治すことを目標にすると、自分の持っている問題を悪いもの、消し去らなければならないものと捉えてしまい、その問題を持っている自分自身も否定することになるからです。

 吃音に限らず人は病気や障害、過去の辛い体験など様々な生きづらさを抱えます。治るもの、簡単に癒やされる物なら良いのですが、現代の医学を持ってしても治らなかったり、時間が経っても癒やされない悲しみ、自分一人ではどうしようもない事柄に苦しむことがあります。そのようなとき、人はどう対処するでしょうか。一人ではとても抱えきれない、一人で考えていたのでいつも堂々巡りして悩みの深みにはまってしまう。そんなとき、セルフヘルプグループの中で、同じような悩みや体験をしている人と出会い、悩みや体験を語り、聴いてもらうことで、ともにそのことに向き合うことが出来たら、新しいもう一つの生き方が探れるのです。

 では、セルフヘルプグループの中では具体的にどんなことが起こっているのでしょう。自分の名前さえ言えず、みじめで辛い体験をしてきて、周りの人に話しても理解されずにかえって嫌な経験を積み重ねてきた私たちにとって、他の人が自分の悩みを話し、皆がじっと耳を傾けて聴いている姿を見て、ここなら安心して話しても良いのだという気持ちになります。そして実際に話してみると、次のことが起こります。
1.気持ちが楽になる。
2.話すことで自分のことが明確になる。
3.悩んでいいんだと思える。
4.古くからの友達に出会ったように思う。
5.情報の交換によって、客観的に吃音を見る。
6.新たな価値観、積極的な生き方を作り出す。

 はじめに自分を語り自分の話を聞いてもらうことはこんなに嬉しいことかと感じます。ここで二つのグループについて考えてみましょう。一つは自分の障害に対して否定的に捉えているグループ、もう一つは自分の障害に対して肯定的に捉えているグループです。前者も、つらいね、悲しいねといって泣くことですっきりしたりホッとして楽になることはあります。でもそれによって自分の一部でもある障害を否定する気持ちを強化する恐れがあります。したがって、楽にはなりますが、その当たりが限界です。それに対して後者のグループでは、自分の弱さや辛さを受け入れてもらうことで、くよくよしたり落ち込んだりするダメな自分でも良いということに気付いて、「今のそのままの自分でいい」と感じることが出来ます。気持ちを分かち合うことで今まで悩んできた自分自身を肯定し、悩んでいる自分を受け入れることが、社会に出ていこうというエネルギーになります。

 グループの中で「どもってもいいかな」と思えるようになると、僕のセルフヘルプグループでは「日常生活の中でどんどんしゃべろうよ」と背中をポンと押す、そしてしゃべって失敗したらそれをみんなで聞いて支え合い、工夫を提案し合います。

 自らの吃音をさらけ出し、症状ではなく自分自身と向き合うと、「今まで私は吃音そのもので悩み苦しむより、吃音を言い訳にして意に反した行動をしてきたことに思い悩んできたことの方がはるかに多かったかもしれない」と思います。どもるからと、消極的になっていく性格や、問題と直面するのを避ける行動パターンが、どもることだけに決めつけられないことに気付いていきます。吃音そのものに対する関心から、自分の人生に対する関心へと大きな転換がなされます。どもりを治そうとする発想そのものが私たちを苦しめていることに気付いたので、今私たちは「吃音を治す努力の否定」を明確にしています。

 そうすると、JSPは吃音に対して何の努力もしていないのかというと、全くそうではありません。私たちは吃症状を治す努力はしませんが、吃音と上手につき合うための努力は数多くしています。そのために吃音教室では次の三本柱を立てています。
1.吃音に関する基礎講座
 吃音の原因やこれまでの吃音治療の効果と限界など、吃音そのものについて学びます。
2.コミュニケーション能力を高めるための講座
 吃音を持ったままでも人と楽しくコミュニケーションすることは出来ます。その能力を伸ばすために、話す、読む、聴く、書くと総合的なトレーニングを行います。特に話すトレーニングでは、どもりながらでも相手にしっかりと声が届くような訓練をしています。
3.自分を知り、よりよい人間関係をつくるための講座
 ちょっとした自分への気付き、他者への気付きで人間関係は変わります。交流分析や論理療法、アサーティブトレーニングなどの考え方を応用して、よりよい人間関係をつくるにはどうしたらよいか学びます。

 このように、「吃音を持ったまま吃音と上手につき合う」という明確な姿勢を持ってはじめて積極的な生き方を目指すことができます。いつまでもどもらない自分を夢みたり、どもっている自分は仮の姿だと思っているようでは、アイデンティティの確立さえできません。
 このように、吃音を否定せずに付き合っていくということを徹底することで、セルフヘルプグループは吃音者というマイノリティーの文化へと発展していきます。そしてそれは大多数の吃音でない人で生きづらい思いをしている多くの人に対して、普遍的な価値観を提供することができます。
 事実、JSPでは、先月(2001年6月)伊藤さんが「論理療法と吃音」という本を出版し、一般の書店で買うことが出来ます。この本は正に、マイノリティーである吃音者が自分の吃音とどうつき合っているかという吃音者の生き方が、圧倒的多数である吃音でない一般の人の役に立つという画期的な本です。

 吃音者だけでなく誰にとっても一番大切なのは、そのままの自分でいいという自己肯定感。そのためには自分の一部であるどもりを否定せずに、どもりを持ったままのそのままの自分でいいと思えることが大事です。特に吃音児に対しては、子どもが吃音のことで悩みかけていると気付いてからなるべく早期に、どもっても良いんだよと、のびのびとどもらせてあげるよう話し合っています。

 JSP代表の伊藤さんは、先ほどの番組の中で次のように言ってました。
「どもる・どもらない以前に、自分は言いたいことがあるのか、言うべき内容があるのかということを問いかけていきたい。つまり、話したいという気持ちを持つような充実した生活をいかに送るか。その中でしゃべりたい内容を育てる。それが大切なんじゃないでしょうか。」


国際吃音者連盟 ISA(International Stuttering Association)

国際吃音アウェアネスの日2003 ISAD6(International Stuttering Awareness Day)

川崎益彦 「吃音者にとって本当の意味でのセルフヘルプグループとは何か」(日本語版)

 Questions/comments about the above paper to Masuhiko Kawasaki

・上の活動報告で紹介されている本 『論理療法と吃音』


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