吃音50音川柳 [刀根山 吃夫]
大阪吃音教室(大阪スタタリングプロジェクト)会員の刀根山吃夫(とねやま きつお)が、2010年の年初からほぼ半年かけて創作した「吃音50音川柳」を紹介します。
何十もの句を量産した週もあれば、難渋してやっと一句ひねった月もあると聞きます。

アノーアノー どもらぬ瞬間 探しつつ
タイミングを計りながら話すので、「アノー、アノー」が口癖に
言えなくて 泣いた思い出 今は糧
こんな実感が持てるのも、どもりのお陰
嘘をつく どもりたくない 一心で
とっさに「知りません」「分かりません」と言うときは、何故かどもらない
選べない 言うべき言葉と 分かりつつ
この場面ではこの言葉と、気負うほど詰まってしまう
おおらかに どもり公表 魅力増し
どもりに限らず、弱点を堂々と認める人って魅力的
覚悟した ほどはどもらず 肩すかし
睡眠不足で体調最悪、「これはもう、アカン」と思ってたら、案外スラスラしゃべれたり
完璧な準備 不安があればこそ
懸命に準備する気になるのは、大きな不安のお陰
禁じ手の 注意転換で サバイバル
吃音矯正法としては禁じ手の「注意転換法」を、ときには駆使して切り抜ける
気にならぬ 言われてかえって つらくなり
「私、どもるんです」「いえ、気になりませんよ」・・・これは分かって貰えそうにないと、暗い気分に
苦戦した しゃべりが心を 打つ不思議
脂汗を流しながらつっかえつっかえ話して、聞き手の心を動かすことも
訓練で 治るの誤解 まだ解けず
訓練で吃音が治ると思う人が、いまだにたくさん
懸命に 一音一語 絞り出し
99%の人が苦労なくしていることを、自分がどうこなしているか振り返ると、本当にふしぎ
傑作の 駄洒落を今日も 断念す
タイミングを計るうち、言い逃すことが多くて
困るのは 騒音背中 遠い場所
周囲が騒がしかったり、相手があちら向きだったり、席が離れていたりすると、本当に困ります
声が出た 嬉しさについ 長話
最初さえ出るとあとは楽に喋れることが多く、気をつけていないと、ついダラダラと話してしまう
先が気になり 朗読うわの空
どもる仲間は、たいてい学童期に悩まされます
知らなんだ 古い知人の 吃音を
吃音は分かることが多いのですが、相手が言ってくれるまで気付かなかった知人もいます
吸い込んだ 息が却って 口の蓋
腹圧で声を出せと、余計話しにくくなる状態に誘導する「吃音矯正家」もいるようで
急かされても ペース守って 言うが勝ち
これが分かっていても、つい「急かされて ペース乱され わやくちゃに」と、なってしまいがち
そっくりの症状 悩みは別次元
どもる状態が似た人でも、受けとめ方、悩み方は人それぞれ
他の人も どもると知って 驚愕し
最近増えてるかも、どもる人が他にもいると知らない人
ちから得る 仲間の励まし その笑顔
セルフヘルプグループの良さを、素直に詠んでみました
つきささる 冷たいことば 「はよ治せ」
世の中、まだまだ無理解な上司もいるようです
手探りで 日々の言葉を ひねり出す
一語一語を手探りし、言い換えも駆使しつつの作業、それが吃音
遠くから 電話いやさに やって来る
若い頃は電話が苦手で、少々遠くてもわざわざ出向いたりしました
名を訊かれ 死を覚悟する 銃の前
誰何(すいか)を受ける場面を戦争映画で見ると、「ここで自分ならお陀仏だ」って思います
二度と来ぬ どもりを真似る 前の日々
私がどもりになったのは、むかし同級生の吃音を真似たからです
抜きがたき偏見 どもり自身にも
隠して一人で悩んでいる人が多いので、本人自身が吃音を誤解していることがよくあります
猫のごと 言葉とじゃれる 夢を見て
軽々と言葉をあやつる知人を、羨ましく思ったりもしました
のどと口の あいだが数万里に思え
一旦ブロックが掛かると、こんな感じに
吐く息に 乗れと念じて 声を押す
今この瞬間、声が詰まるか詰まらないかは、いつも「出たとこ勝負」
人任せ 時に心の 健康法
どもりそうな場面の回避も、選択肢に用意して
ふいに聞かれ 咄嗟に答えが 出る不思議
こんなことも、時には
ペラペラに 馴染んだ頃から どもり出す
外国語ではどもらない、ってのは嘘で、スラスラ喋れるようになると、どもるのよね普通に
本気さが 伝わる話術 我知らず
流暢の極みのような喋り方より、訥々とした話しぶりの方が相手に伝わることも
マニュアルが 志望動機の 壁になり
マニュアル通りに喋らなあかん場面が、多そうな会社は敬遠
見かけ上 分からぬことが 呼ぶ孤独
家族にも秘密にして、深い孤独の中に居る人も
短か目の 電話も実は 吃のせい
用件が終わったら、すぐ切ることもしばしば
難しい 言葉すらすら 出ぬ名前
言い換えのきかない言葉、中でも自分の名前は本当に言いづらくて
無理しても 伝えたいから どもります
どうでもいいことは、口にしないで済ませたい
面倒な 表現わざわざ 選ぶわけ
どもるのを避けて、すいぶん優雅な言い方をしたり
名刺出す そのタイミングで やっと言え
初顔合わせでよくあること
儲かるぞ 治る神話が ある限り
吃音を治すと称し、とうに否定された矯正法や、その亜流を広める輩たち
儲けもの 吃が広げた 我が視界
吃音を通していろいろと考えるうち、ずいぶん視野が広がりました
やかましい ボリューム制御 ままならず
小声だと詰まりやすく、つい大声で喋ってしまう人もいます
夢のよな 世にさえ絶えぬ 悩みの種
自動販売機が広まり、インターネットが発達しても、どもりの困り事は無くなりません
予想せぬ ものを頼んで 腹満たす
ふと入った店で、思いもしなかったものを注文し、そそくさと掻き込んで、また表へ
「楽にどもれ」 それができれば 世話なくて
随意吃って、無理な人には無理
利口過ぎと 言われて戸惑う こともあり
どもるのを避けて言葉を選んでいる風情を、思慮深いと誤解する人も
流浪先 おしのふりして 鎌を振る
高名な吃音研究者に、若い頃しゃべれない人間になりすまし、農夫の日々を過ごした人も
レントゲンも のどの言葉は 読み取れず
体を透視する装置で、出かかっている言葉を読み取って貰えればいいのに
論争を 静かに制す 語り口
吃音とつき合う中で身についたという姜尚中さんの語り口、説得力があります
忘られぬ 印象のこす 大どもり
初対面でひどくどもったら、強い印象をその場に残すのは確実。そのとき、「誠実で真面目そう」と思われるのも、「自信なさげで気が弱そう」と思い込まれるのも、本人の態度次第。