ことば文学賞 2019年度


最優秀賞 ほらな、そうなるやろ。 椿谷 昌史  
 

・・・
 本当は社内で事務処理を片付けたいのに、電話での会話を聞かれたくないのでいそいそと外出する。当初の予定より1時間早く会社を出た。
 そして、人気のない場所を探して携帯電話とにらめっこ。
 「嫌だなぁ、電話したくないなぁ。」
 そんな事を考えながら、いつも同じ事を思い出す。
 あれは3年前の事だった。・・・

続きを読む・・・



優秀賞 自分の思いを届けるには 田谷 栄子  
 

  中学3年生の秋、国語の授業で「市から依頼されている作文を書いてほしい」と国語担当の先生がクラス全員に呼び掛けた。・・・私は以前から「市になったのにどうして旧町村単位のイベントが多いのか、もう少し1つにまとまれたらいいのに」と感じており、その思いを作文にぶつけ提出した。
 冬になり、担任に呼ばれ職員室に行ってみると、あの時私が書いた作文が選ばれたと言われた。・・・

続きを読む・・・



優秀賞 モレスキン 藤岡 千恵  
 

 去年の秋、私はある手帳を購入するために大阪の東急ハンズ梅田店を訪れた。モレスキンというイタリア製の手帳で、ハードカバーの表紙にゴムバンドがついている。ゴッホやピカソ、ヘミングウェイなどの芸術家が愛用していたことで有名で、品質管理の高さから、ちょっといい値段がする。
 これまで私は誰かに「ありがとう」と思ったときに携帯に時々メモしていたが、一冊の手帳にしてみようと思いたった。・・・

続きを読む・・・


2019年度 最優秀賞

もういーよ

椿谷 昌史

 「はい、○○社です。」
 僕が一番緊張する瞬間だ。
 本当は社内で事務処理を片付けたいのに、電話での会話を聞かれたくないのでいそいそと外出する。当初の予定より1時間早く会社を出た。
 そして、人気のない場所を探して携帯電話とにらめっこ。
 「嫌だなぁ、電話したくないなぁ。」
 そんな事を考えながら、いつも同じ事を思い出す。
 あれは3年前の事だった。当時、難発が急にひどくなり、電話で話す最初の言葉が全く出なくなっていた時期だった。
 お昼過ぎに外出中の僕の携帯にメールが入った。
 『○○会社の××様から連絡を頂きたいとのことです。』
 そして人気のない場所を探して携帯の画面とにらめっこ。
 電話帳からその会社の番号を画面に出してしばらく考え込む。
 思い切って通話のボタンを押しても、すぐに停止のボタンを押す。
 いったい何回繰り返しただろう。場所を変えてもただ同じ事を繰り返した。まるで壊れたロボットのように。
 そうしているうちに夕方になった。明日にまで持ち越すのは絶対嫌だという気持ちが出てきた。この思いでやっと電話をかける事が出来た。

 内容は当時、猛威をふるっていたウィルスにパソコンが感染し、次々と大切なデータを破壊していった。僕と連絡のつかなかったユーザーは、他社に助けを求めて何とか夕方には復旧したとの事だった。
 思ってもみなかった大事にただただ驚いたが、この時の僕は被害が少なく復旧した事にほっとしていた。この後に起こることなど想像もしていなかった。

 それから数ヶ月後、保守契約の更新のハンコを貰いにその会社を訪問した。毎年の事なので、手続きは早々に済ませ、社長の奥さんと事務担当の方と家庭の話や子供の話などをするのがいつもの事だった。お客さんと一定の距離を取る僕にとってはめずらしい、仕事以上のつきあいのある数少ないお客さんだった。
 ただ、その日は違った。椅子に座るなり、お二人から「ごめんなさい」と切り出された。前のトラブルの事が問題になり、すぐにトラブル対応が可能なもっと大きな会社に保守をお願いした方がいいと会議で議題にあがったと説明してくれた。
 「何でも話せて頼みやすかったので、私達は反対したんですけど。」
とフォローして頂きながら、ただ謝られるのをこちらも前回の対応の不手際を謝るしかなかった。
 客先を出たが、しばらく何も考えられなかった。ボーっと大切な物を失った喪失感のなか、『あの時、電話出来ていたら…』と何度もつぶやいて後悔した。
 この事を思い返すと電話をする勇気がわく。もう二度とあんな想いはしたくない。もう大事なものを失いたくない。

 僕は会社名を名乗るのが苦手だ。一番出にくい『オ』から始まるからだ。
 めずらしい苗字のおかげで会社名を名乗らなくても通じる事が多く、段々と会社名を名乗らなくなっていった。
 「パソコンの件で電話しました○○ですけど。」
 「会社名をお願いします。」
 「○○と言います。」
 「会社名をお願いします。」
 普段なら、会社名を名乗らなくても押し切ると大体は取り次いでくれるのに。
 今日はやけにしつこいなと思っていると、ふと気づいた。もうそんな時期かと。それは夏前にやってくる恐怖、研修を終えた新入社員が電話を取りはじめる時期だ。
 希望と正義感に溢れている新入社員は、何とか会社名を名乗らせようと何度も繰り返す。
 何度かやりとりを繰り返して、ついに諦めるしかなさそうだ。
 吐くまで許してもらえそうにない。ここは警察の取り調べか?

 決心して会社名を伝える。
 「えっーと、あの、あっ、あっ、あの、おっ、おっ、あの、おっ、オー△△の○○です。」
 受話器の向こう側が凍りついてしまったようだ。電話越しに新入社員の動揺がはっきり分かった。
 『教えられた通りに会社名を聞いただけなのに。無理に聞き出して、悪いことをしてしまった』という感じだろうか?
 いつも通りにどもった僕は、受話器の向こうとは対照的に冷静に思う。
 『無理やり言わせるからやん。ほらな、そうなるやろ。』

 「しょ、少々、お待ち下さい。」
 気丈にそう言ったが、担当者にちゃんと取りつげてるだろうか? 逆に心配してしまう。
 担当者との話が終わり電話を切ると、先ほどの新入社員の事を考える。
 『社会には聞かない方がいいこともあるんだよ。いい勉強をしたな、お嬢さん。』

【選者講評】
 タイトルにまず惹かれて、何のことやろ、そう思いながら読み進めた。
 昔も今も、どもる人にとって、電話は一番の関心事で、悩みの代表的なもののひとつだ。3年前の失敗は笑えない。どもって笑われて嫌な思いをした、という類いのものではなく、どもるのが嫌さに電話をするのが遅れ、大事な顧客を失ってしまうということに発展してしまう。筆者は、その失敗を繰り返さぬよう、その後は対応している。
 そこへ、新入社員の登場だ。マニュアルどおりの対応に苦笑いをしている筆者の顔が浮かぶ。やり取りにも、電話を切った後に新入社員を気遣うところにも、余裕とユーモアを感じさせる。
 電話を巡る2つのエピソードがうまくマッチして、おもしろい作品に仕上がった。軽いタッチで書いているが、流れるものは、どもる人にとっては大切なものだ。どもりながらも、電話をしなければならないときにはする。社会人として当たり前のことを、電話に悩む多くのどもる人に、ぜひ読んでもらいたい。

【作者感想】
 「ことば文学賞」最優秀賞ありがとうございます。
 ちょうどこの時期に繰り広げられる電話での闘い? と、忘れられない電話のエピソードの、2つを書いてみました。書きながら感じていた事は『変化』でした。
 1つ目の変化は、吃音にとらわれすぎていた僕が、もっと大事なことに気づかされた事。
 人間関係を築く上では吃音は全く関係なく、どもる自分を受け入れてくれる人は多くいる。自分で勝手に引け目を感じて人を遠ざけていた事を、痛いほど感じました。
 2つ目の変化は、どもった時に惨めな気持ち辛い気持ちになる事が多かった僕が、吃音教室に通いどもる仲間達と出会えた事で、その気持ちが変わった事。自分のどもりを棚にあげて、『僕が普通に話したらどもるんやから、しょうがないやん。言わせたあなたが悪い』と、開き直れるようになった事。
 今でも仕事上電話をする機会は多く、しどろもどろになって話しています。
 不審に思われる事もありますが、大切な事が少し分かった今は、人にも吃音にもちゃんと向き合っていきたいと思います。
 最後の変化は、自分の苗字が好きになった事。めずらしい苗字なので今までは嫌いでした。
 うちの家系のあだ名はほとんど、「つばき」か「ツバッキー」になってしまう事や、少しでも人目につきたくないという想いから、ありきたりな苗字にずっとずっと憧れていました。
 でも、会社名を名乗らなくても苗字だけで通じるこの『椿谷』が、やっと好きになれました。

2019年度受賞全作品ページ

このページの先頭に戻る


2019年度 優秀賞

自分の思いを届けるには

田谷 栄子

 中学3年生の秋、国語の授業で「市から依頼されている作文を書いてほしい」と国語担当の先生がクラス全員に呼び掛けた。テーマは「市に対して思うこと、考えていること」。私の住んでいる市はその年の1月に市町村合併し、新しい街として歩み始めたばかりであった。私は以前から「市になったのにどうして旧町村単位のイベントが多いのか、もう少し1つにまとまれたらいいのに」と感じており、その思いを作文にぶつけ提出した。
 冬になり、担任に呼ばれ職員室に行ってみると、あの時私が書いた作文が選ばれたと言われた。しかも3月の市民会館で行われるこけら落とし公演で朗読してほしいと依頼があり、練習日程の紙も渡された。選ばれたのは嬉しかったのだが、教室に帰った私は2つのことで悩んでいた。1つは公演2週間前に高校受験を控えていたが、朗読の練習は1月、2月にあり、練習する余裕が自分自身にあるのかどうか見当がつかなかったこと、もう1つはどもる私がステージに立つことであった。3年間の学校生活を思い返せば、人前での発表は何度か経験していたが、心のどこかでどもることに対して気が引けていた。私は即決出来ずに引き受けようかどうか悩んでいた。
 数日経ち、同じように選ばれた他の学校の受験生は、代役を頼んだという話を担任から聞いた。先生は私に代役を頼んでもいいと前置きした上で、「自分の思いのこもった作文は、誰かに読んでもらうより自分で読んだほうが絶対に自分の思いは伝わると思う」と私に伝えた。この言葉を聞いて、「言われてみればそうかも」と腑に落ちた。どもる、どもらない、ということより自分の思いを自分で届けたいという気持ちが勝り、私は自分の声で自分の思いを届けることに決めた。それから休日に何度か参加者が集まり練習を重ね、高校受験と卒業式を経てあっという間に本番前日を迎えた。
 こけら落とし公演は、私たちの朗読だけでなく、昔から伝わる祭、盆踊りを保存している団体や音楽演奏などのステージで構成された市のイベントであった。朗読は発表者が全員ステージに立ち、発表する人がマイクの前でスポットライトにあたりながら朗読する形だという。前日練習というのもあり、あまり緊張はなく「どもらないだろう」という軽い気持ちで作文を朗読していたが、「豊か」という言葉の「ゆ」から「ゆ、ゆ、ゆ…」とどもってしまい、先に進まなくなってしまった。私自身が隠していた大切な秘密を自分でばらしてしまった感覚になり、「どもったことを隠さないと」と思い、気持ちが焦った。また周りの子や大人がじっと私のほうに視線を向けているように感じ、さらに焦ってしまった。どもったことをなしにしてほしいと思いながら、何とか発音をごまかし作文を読み終え、元の立ち位置に戻ったものの、自分で書いた朗読でどもってしまったことにショックをうけた。練習後、「豊か」という単語をどうにか克服しないといけないと思い、一人になったときに小さな声でその部分だけ読んでみた。しかし一度どもったという体験はすぐに頭から離れず、「豊か」という言葉を読む前から「どもるかもしれない」と考えてしまうと、最初の「ゆ」を言うのが怖くなっていた。たった1回どもっただけでこんなに自分自身を悩ませる自分の吃音が面倒に思えた。
 結局解決の糸口が見つからないまま、本番当日を迎えた。私は前日にはなかった緊張を感じながら面倒な原稿とにらめっこし、「豊か」という言葉をどうするか、本番直前の舞台袖でも悩んでいた。そしてふと「他の言葉に言い換えたらどもらないのでは」と思いついた。本当は演出家の方に言葉を変えてもよいか相談したほうがよかったのかもしれないが、「どもることを隠したい」という思いと、「言い換える言葉を忘れないうちに」という思いが強く、私は近くにいたスタッフに鉛筆を借りた。「自分の吃音がなければ言い換えなんてしなくてもよかったのに」と心の中でつぶやきながら、「豊か」という字を消しその横に別の言葉を書こうとしたが、自分で考えた言葉の表現を変えることに名残惜しいと感じている自分がいた。書き換えた言葉は「豊か」を表現するのには少々遠回しな表現だったが、言葉を書き換えたと同時に、どもらない自分が生まれたように感じて、面倒な原稿が心強い原稿になった。
 とはいえ心強い原稿をすぐには信用できず、自分が朗読する番まで書き換えた言葉で本当にどもらないだろうかと不安と緊張が体中を巡っていた。私の番になり作文の朗読を始めると、書き換えたところ以外でもどもるかもしれないという思いが頭をよぎった。言葉を書き換えた部分に差し掛かると緊張が高まったが、いざ言葉を読んでみるとどもることなく言葉を届けることができた。心配していた他の箇所もどもることはなく、秘密を抱えながらの朗読は思ったよりあっさりと終わった。全ての団体の発表が終了した後、私は「どもらずに言えてよかった」という思いと、何とか発表を乗り切ったというホッとした気持ちになっていた。一方で、書き換えた私の言葉と思いは、果たして観客にどこまで届いたのだろうかと考えている自分もいた。
 その数年後、大学生になった私は、講師として来られていた伊藤伸二さんの講義を受けたことがきっかけで、大阪吃音教室や吃音の集まりに参加するようになった。その中で、様々な体験を聞いたり吃音に対する視点が増えていくにつれ、ふと「そういえば、似たようなことがあったかもしれない」と中学3年生のできごとを思い出すきっかけにつながった。そして、吃音から逃げていたことに気づき、吃音である自分を探求する中で、徐々に吃音に対する考えが変わり、自分の吃音と向き合えるようになった。
 今は自分の吃音が面倒だと感じることはあっても、吃音のせいで自分自身が傷つき大嫌いだと思うことはなくなり「どもってもいい」と思えるようにもなった。しかし日常では「どもってもいい」と思いつつも、苦手な言葉に対して咄嗟にどもらない言葉に言い換えたり、言いたい言葉をどもらないように発音を濁し、後から「どもってでも言ったらよかったのに」と思うことも多々ある。しかし、「どもりながら話す」、「咄嗟に言い換える」のどちらが良い悪いという訳ではなく、どもりながらでも工夫次第で伝えたい言葉は伝わるし、言い換えても言葉の意味が伝わったらいい、そしてその時々で気持ちが変化してもいいと思う。矛盾している思いも、結局は自分自身そのものなのだ。このように考えられるようになったのは、吃音への否定的な思いから解き放たれ、自分の吃音と向き合えるようになったからである。
 中学3年のあのとき、本番前の土壇場で言葉を言い換えようと思いついたのは、当時の私が持っていた精一杯のサバイバル術だったのだと思う。どもるという自らの秘密がばれないようにという必死さが原動力となったのだろう。同時に、あれだけ言い換えたかった言葉に対し名残惜しく感じたのは、「その言葉でしか伝わらない」と思っていたからで、心のどこかで諦めがつかなかったのだと思う。今思うと、その言葉が伝えたい芯だったのかもしれない。結局、私はどもらないことを優先した。自分の吃音のせいにし、自分自身に諦めさせたことで、名残惜しいと感じたのだと思う。
 もしあの時、どもりたくないからと代役を立てていたら、後から「自分が朗読したらよかった」と後悔していたかもしれない。苦手な言葉があっても、言葉を換えてでも自分から思いを伝えることができた経験は「豊か」な経験になり、担任の言葉を信じてよかったと思っている。あのときの私は自分の吃音が面倒だと思いながらも自分で自分の作文を朗読したことに変わりはなく、自分の思いを自分で届けた。今の私なら、精一杯考え抜いたあの頃の私を褒めることができる。
 あの頃の私の「自分の思いは自分で届けたい」という思いと、発表原稿の最後に書いた「他の市に負けない市になってほしい」という願いは、その場にいた大人だけでなく、大人になった私自身にも届けようとしていたのかもしれない。その思いを大事に受け取ろうと思う。

【選者講評】
 田谷さんは、吃音を「面倒なもの」と表現する。どもるという意識はあっても、ことばの言い換えなどで隠すことができ、吃音には深く悩んでいなかったということだろうか。その後、大学の講義で非常勤講師として来ていた伊藤伸二と出会い、大阪吃音教室に参加するようになる。この出会いがなかったとしても、就職し、それなりに仕事をこなしていっていただろう。
 大阪吃音教室で吃音に向き合い、他の人の語る体験を聞くことで、「そういえばこんなことがあった」と、中学3年生の体験をかなり鮮明に思い出した。吃音を肯定的に考えるようになった人間として、過去の体験を振り返ったのが今回の作品だ。
 もし、吃音を隠し、否定してきた人間としてこの体験を書いたとしたら、どんな作品になっただろうかと興味がわく。吃音について深く考える・考えないで、過去の出来事の意味づけは大きく違うと思うからだ。
 「どもりながら話す」、「咄嗟に言い換える」のどちらが良い悪いという訳ではなく、どもりながらでも工夫次第で伝えたい言葉は伝わるし、言い換えても言葉の意味が伝わったらいい、そしてその時々で気持ちが変化してもいいと思う。矛盾している思いも、結局は自分自身そのものなのだ。
 こうしめくくる文章の中に、吃音に向き合ったことで得られた、吃音に対する平安な思いがあるように思う。

【作者感想】
 優秀賞をいただきありがとうございます。
 大阪吃音教室の文章教室で作品の一部を発表したところ、「続きが読みたい」と言われたのがきっかけとなり作品を完成させることができました。
 以前から「どもらずに話さなければならない」「どもりながらでも話そう」のどちらか一方に解を求めている人が多いように感じもやもやした気持ちになっていましたが、その中間地点のような吃音とのつきあい方があってもよいのでは」と思い、過去の出来事と重ねながら綴りました。どもる人だけでなくそうでない人にも、作品を通して「自分で自分の言葉を伝えてもいいかも」と思ってもらえたら幸いです。

このページの先頭に戻る


2019年度 優秀賞

モレスキン

藤岡 千恵

 去年の秋、私はある手帳を購入するために大阪の東急ハンズ梅田店を訪れた。モレスキンというイタリア製の手帳で、ハードカバーの表紙にゴムバンドがついている。ゴッホやピカソ、ヘミングウェイなどの芸術家が愛用していたことで有名で、品質管理の高さから、ちょっといい値段がする。
 これまで私は誰かに「ありがとう」と思ったときに携帯に時々メモしていたが、一冊の手帳にしてみようと思いたった。モレスキンは大阪吃音教室の常連メンバーのひとりがずっと愛用している。表紙の赤やオレンジが存在感を放っていた。これまでは、「高級なノート」という印象で私には手が届かないと思っていたが、大切に残しておきたい手帳ならむしろいいものを使ってみたい。50代、60代と人生を重ねた時に、本棚にちょっとボロボロになったモレスキンが並んでいる光景はちょっと格好いいなと想像を膨らませた。

 モレスキンにはサイズが大小いくつかあるが、カバンに入れておいて思いついた時にどこでもメモを取れそうな、手のひらにおさまるサイズがいいと思った。梅田の東急ハンズやロフトは専用のコーナーを設けており、色や種類も豊富だ。神戸の三宮店はそこまで豊富じゃなかったな、と思いながら、とりあえず会社帰りに寄ってみた。売り場はそれほどスペースを取っておらず、置いている色も少なかった。大阪に出るついでの時に、梅田店に行ってみようと思った。梅田は定番色以外にも、モスグリーンや淡いブルーなど色展開やサイズも豊富で、手に取って見るだけでも楽しかった。ブルーや赤、オレンジなども魅力的だが、今回はオーソドックスな黒を選んだ。
 三宮店では「モレスキンに名入れできます」というポップを見かけたので、梅田でも可能か念のため聞いてみようと思った。売り場にいる店員に声をかけた瞬間、私は“名入れ”ということばが言いにくいと思った。「カ行」と「タ行」が圧倒的に苦手な私だが「ナ行」にはそれほど抵抗がなかったし、「南蛮漬け」や「仲直り」ということばだったら問題ないが、「な」のあとに「いれ」と続くと途端に言いにくくなる。「んなななななな・・・」となる気がした。「ネーム」と言い換えようかと思ったが「ネーム」もなんだか言いにくそう。結局「すいません、この手帳に、な、っな、っないっれ、で、できますか?」と言った。それを聞いた店員は「名入れはやっていませんね〜」と返した。私が「神戸ではできるらしいんですが」と言うと、「うーん、ハンズではどこでもやっていないと思いますよ」と返ってきた。店舗間で情報共有されていなさそうで、これ以上聞くのも面倒だなと思い、私は店員に礼を言って商品を戻し、その場を離れた。
 今日からモレスキンを使えると思っていたのが当てが外れたため、いっそこの足で三宮まで行こうかと思ったが、仕事帰りに行けることだし、とりあえず三宮店で取り置きしてもらおうと思った。私は売り場を離れて、フロアの通路で三宮店に電話をかけた。文具売り場につなぐ音声ガイダンスを聞きながら、ふと、今から伝えようとしている「モレスキン」も言いにくいなと思った。まあ、多少言いにくくても何とかなるだろうと思っているうちに女性が電話に出た。明るい感じの声だった。私は「商品についてお伺いしたいのですが」と言い、「モレスキン」と言おうとしたが、案の定最初の「モ」で引っかかり「モッ、モッ・・・」となった。「もしもし」や「モンゴル」などはすんなり言えそうだが、「モ」のあとに「レスキン」と続くと一気に難易度が上がる。今思うと商品名を忘れたふりをすることもできた。「あの、手帳で、ハードカバーで、ゴムバンドがついていて・・・」と特徴を伝えていけば、文具売り場の店員さんならピンとくるだろう。しかし言い換えすることが思いつかず、とにかく「モレスキン」という単語を伝えなければ前に進まないと思った。私は片方の手を振って動きをつけながら「モッ、ンモッ、モッ」、「・・・ンモッ」というのを1分間は続けたと思う。あまりの言えなさに焦り、「モッ、ンモッ、モッ」の合間に「すみません、私、吃音がありまして」と伝えると、「あ、はい、大丈夫ですよ」と返ってきた。その明るい声にホッとしつつも、私の「モッ、ンモッ、モッ」は続いた。やっとのことで「モレスキン!」という単語が絞り出せた。しかし勢いがありすぎて「モレスキン」がうまく伝わらず「はい?」と聞き返された。今度はゆっくり落ち着いて「モレスキン」と伝えられた。私は「モレスキンの」と言い、「ポケットサイズ」と続けようとしたが、またしても「ポ」が出ない。私は手を振って勢いをつけ「ッポ!ッ、ッ、ポッ!」というのを続けた。今思うと「一番小さいサイズ」と言いかえ可能だった。ようやく「ポケットサイズはありますか?」と伝えられた。「黒」「ブラック」と言いかえた。「ソフトカバーとハードカバーがありますが?」と聞いてくれたので、「ハードカバーです」と伝えると店員は「在庫があるか見てきますね」といい、売り場を確認してくれた。幸い店頭に在庫があり、取り置きしてくれるという。次に、「名入れもできますか?」と言おうとしたが、やはり「ッ、ッナ! ッナ!」となった。勢いよく手を振りながら「ッ、ッナ! ッナ!」と言い、しばらくして「名入れ」ということばが出た。「名入れはできますか?」と聞くと、「はい、できますよ」と丁寧な口調で返ってきた。実際に商品を購入してからでないと名入れができないことがわかったので、とりあえず取り置きをしてもらい、数日後に引き取りに行くことにした。私がひどくどもり、ひとつの単語を発しようとしている間、店員は静かに待ってくれて、最後もさわやかに「はい、お待ちしています!」と言ってくれた。

 どもれなかった頃の私だったら、こういう状況をどうやって乗り切るんだろう。どもることはできなかったので、「モレスキン」も「ポケットサイズ」も「名入れ」ということばを使わずに乗り切っただろう。そもそも電話で取り置きを依頼しようと思わなかったかもしれない。私がどもることで電話の相手に不審に思われたり、電話を切られてしまうと思っていた。「どもりたくない」というより「電話でどもるなんて恐ろしい」という状態だった。その一点だけで電話への恐怖心を強めていた。
 どもる仲間に出会い、どもることへの価値観が変化し、どもって話すことがあたりまえになった今、「私がどもったらどんなひどいことが起こるんだろう」という妄想は消え、どれだけどもっても相手が話を聞いてくれるという現実が残った。
 さすがに、百貨店の通路で、片手を大きく何度も振り、ぐるぐると歩き回りながら電話片手に「ッモ! ッモ!」と言う光景は、通りかかった数人の従業員にはちょっと不審に思われただろう。商品の取り置きを依頼する程度の用件であれば、派手にどもってエネルギーを遣うより、さらっと終えたいのが本音だ。数日後、仕事帰りに受け取り、裏表紙にゴールドの文字で名入れしてもらった。
 そして今、ありがとうの記録は、モレスキンの一冊目が終わるほどになった。この先も本棚にモレスキンを並べていける私であればいいなと思う。

【選者講評】
 誰かに「ありがとう」と思ったとき、それを書き留めておく習慣も素晴らしいが、それをイタリア製のちょっと高級な手帳にしようと考えたことで、感謝の気持ちがより深く自分に感じ取れるような気がする。「モレスキン」という手帳を買うということだけで、ここまで人を惹きつける文章が書ける。どもらない人間であれば、なんなく買えてしまい、買ったときのことなど思い返すことも思い出すこともないだろう。こんなに苦労するのは嫌だ、やはりどもらない方がいいと考える人もいるだろうが、一方で、手帳を買うだけでこんなドラマがあることを、「色濃く生きている」と感じる人もいる。
 藤岡さんが初めて大阪吃音教室を訪れたとき、瞬時に言い換えたり絶妙な間をとったりして、ほとんどどもっていなかった。でも、心理的には苦しかったと本人はいう。今は、よくどもる。ちょっと言い換えしてもいいんじゃないのとつっこみたくなるくらいだ。どもる仲間との出会い、どもることは悪くないという価値観は、彼女の生活を大きく変えた。他者を信頼できるようになり、彼女はどもることができるようになったのだろう。
 手帳に綴られ、今後も増え続ける「ありがとう」のエピソードの数々が、彼女のこれまでとこれからの人生を見守ってくれるに違いない。

【作者感想】
 東急ハンズ梅田店が入っている大丸百貨店の通路で、言葉を出すために身振り手振りでそこらじゅうをうろうろしていた私の姿を思い出すと、やっぱりちょっと滑稽だなと思う。あの時は用件を伝えることに必死だった。派手にどもっても相手の女性が終始さわやかな対応をしてくれたことがうれしかったのだが、そんなに体力と時間を使って一生懸命どもらなくてもよかったとも思う。言葉の言い換えや、ゆっくり話す、などもう少し楽にその場を乗り切る技はたくさんある。
 電話口で派手にどもることは今でも恥ずかしいなと思うけれど、「私がどもったとしても、電話の向こうの相手は最後まで話を聞いてくれる」と相手を信頼する気持ちがある。最後まで聞いてくれる相手のためにも、聞きやすい話し方を心がけようと思った。
 ちなみにモレスキンの記録は最近ごぶさたしており、「ありがとう」と思う気持ちと幸せを感じる気持ちは比例していると思う、今日この頃です。

このページの先頭に戻る


各年度最優秀賞受賞作品ページへ      2019年度「ことば文学賞」応募原稿・募集要項
トップページに