ことば文学賞 2002年度


2002年度 最優秀賞

酒屋のおっちゃんと私

神谷 勝

 「まっ、まっ、まっ、まいど! どっ、どっ、どっ、どうでっか!」
私の家の隣から、元気で大きな声が聞こえてくる。いつも激しくどもっている。この人は私の親戚で酒屋を営んでいる。私はこの声を聞くのが実に嫌だった。いつもどもって、かっこ悪いのに大きな声でしゃべるな、どもりだったら静かにしておけと思っていた。
 私が吃るようになったのは、このおっちゃんも関係している。小学校2年生ぐらいの時に近所にどもりの同じ年の男の子がいた。私はふざけて、男の子の前でどもりの真似をして笑いをとっていた。そのうち、他の男の子に、「どもりの真似をしていたらうつるぞ!お前の親戚のおっちゃんもどもりやろ!」と言われた。
「えっ、うそ、どもりがうつったらどうしよう」
この瞬間に私の中で急激にどもりに対する恐怖が膨れ上がった。私にとってどもりとは、酒屋のおっちゃんの激しくどもるかっこ悪さや、真似をして笑いをとるという何一ついいものがなく、軽蔑すべきものだった。しかし気持ちと裏腹に、徐々にどもり始めていた。「どうしよう… だんだんうつってきた」。そしてそのうち、完全にことばを自分でコントロールできなくなってしまった。
 小・中・高校と不思議なくらいクラスに、私ともう1人吃るクラスメートがいた。しかし吃るようになってからもどもりとは、私にとって軽蔑すべきものだったので、同じクラスメートに声をかけるどころか、近づくこともしなかった。同じ仲間と思われたくなかったし、どもり同士何か喋っていると思われたくなかった。国語の本読みなどで当てられ、どもりながら読んだ時も、ふざけながら読み、まるで知ってどもっているように見せた時もあった。他の友達に「知って、どもっているやろ」と言われた。そこまでしても認めたくなかった。しかし、どもりのクラスメートの心を踏みにじったような気持ちがした。心が痛かった。余計に彼に声がかけられなかった。
 就職してからも、何とか隠せたのでずっと隠していた。早く治したかった。仕事が忙しく、矯正所などに行く時間がなく、ずっともやもやした気持ちで毎日過ごしていた。今年に入り、時間ができ、大阪スタタリングプロジェクトに行ってみた。もちろん、ちょっとでも治ればと、あとは何も求めていなかった。しかし、参加してみて人生観が変わってしまった。全く考え方が逆転してしまったのだ。あれだけ避けていたどもりの仲間。あれだけ嫌だったどもりを認めること。ずっと30年間思ってきたことが、ここに来てわずかの時間でこんなに考え方が変わるなんて。私は今までいいこと、いやなことなどは、+(プラス)100、−(マイナス)100というように、かけ離れているものだと思っていた。しかし、今は硬貨の裏表をコロッとひっくり返すように考え方が変わってしまった。これほどどもりの仲間の中で話し、一緒に行動することがこんなに楽しいこととは夢にも思わなかった。これからもどもりに対する自分の考え方が、いろいろ変わっていくと思う。でも、今思う一瞬一瞬の気持ちを大切にしたいと思う。この大阪スタタリングプロジェクトからのどもりとしてのスタートは、私にとってもう少し早ければよかったと思うが、人生はいくらでもスタートをやり直せるので、新しくできた仲間と一緒にもう一度スタートをしたいと思う。あと、もちろん酒屋のおっちゃんに対する考え方も変わった。おっちゃんのように、大きな声でどもっても自分のことばを伝える、実にシンプルなこと、これが正解だったのだ。
「どっ、どっ、どや! げっ、げっ、元気か!」
今日も隣から元気で大きな声が響いてくる。おっちゃんの笑顔も目に浮かぶ。今は、この声が実に心地よい。

*** この作品は『吃音を生きる』に収録されています ***


2002年度 優秀賞

今、思う事

島田 多恵子

 「普通やん。どもりって分かれへんわ。」「大丈夫。大丈夫。」よく言われるセリフです。これがおかしいねん、と最近分かってきた。以前はそう言われると安心したものです。
そりゃそうです。どもらないようにがんばって、出にくい言葉は言い換えて、それでも、どもりそうになると言わない、諦める。そして調子がよくスムーズに出るタイミングが見つかった時、言う。そうしてきた。人からみたらどもってない、"普通"にみえる。
これでいいのですか。人からみたらいいのですが、私たちはいいのですか?
 人間って頭で理解していても、身体の底から理解し実行するのは実にむずかしいと、どもりから学びました。例会に参加して、"そうや。どもっていいんや。どもりを受け入れるんや"と、その時はすぐにそんな気分になれるのですが、実社会に戻ると、又ヘナヘナとなります。何度も何度も、繰り返し繰り返し。そして、少しずつ、どもりと寄り添っていけたら、と思う。どもりを受け入れる。そして楽にどもる。
訓練法は自分で工夫し、実行し、成功し、失敗しの繰り返しで見つけていけるものだと思います。こんな図々しい私でも、公表せずにどもってみるのは少々勇気がいります。何でやろ? 考えてみました。ずうっとスムーズにしゃべっていて、いきなりどもって相手がびっくりしたり、相手がどうしていいか分からなかったり、相手を困らせるとあかんと思って、どもれないのと違うかな。だから、人に分からないどもりの方がしんどいと思うのですが・・・。なら"どもりまくれば?"と言われそうですが、悲しいかなその勇気がない。
もう(まだ?)OSP例会に参加して5年。こんなにリラックス出来るのは例会に参加し、心が解きほぐされてきたからでしょう。OSPを知る前から私はOSP的な考えを持てており、言葉ではうまく表せなかったけれど、イメージ的にはそういう考え方でした。でも、がんばって、がんばって、がんばって生きて来たんだと思う。ここに来て、がんばらずに受け止める事が出来ました。表面的には同じでも、根本的に全く違います。
私は今、楽です。やっと、やっと、やっと。少しずつ、少しずつどもれるように(難発から連発)なりました。無知な人は私のどもりが悪化した、と思うはずです。特にどもりを全面的に否定している実家の家族は。
ほんの2,3か月前の出来事です。地下鉄の定期を買おうと天王寺駅に行った。だいたい自販機のそばに定期売場があるのですが、ないっ!!困ったァ!人との待ち合わせの時間が迫っているゥ〜。探してる暇はない!久しぶりに困った。"定期売場"の"テ" が出そうにないのが分かった。言い換えよう!何て? 思いつかない!"地下鉄の"を頭に付けようか? あぁ〜〜"チ"もだめ。時間がない。今日しか買う日はないし、誰かに聞かな。数秒の間にこれ位の事が頭の中をよぎった。人間というものは、短時間にいろんな事が考えられるものです。諦めた。そして、思い出した。そや、どもってみよ。こんな気持ちで対面してくれる第一人目はどんな人やろ、と興味津々。改札に向かって行った。不思議と心穏やかでした。取りあえず「すみません」と言った。運良く、目の前のおねえさんは優しく次の言葉を待っていてくれてます。私は出るがままに「テ・テ・テ・・・」心の中ではいつまで"テ"が続くんやろ、と思いながらそれも楽しんだ。「テ・テ・テ・・・定期売場はどこですか」やったぁ。公表せず、見ず知らずの人にどもれた。
わざとどもると「テ・テ・テ・定期」 と3回位で言えるのですが、これも調子のいい時、出来るワザです。こんな心穏やかに、そして自然にどもれる。やっと出来た。まだ最初の第一歩ですが、どんな事も1回すると2回、3回と出来るようになるものです。
ですが"どもり"って奴は厄介な奴で大波小波があり、調子のいい日が続く場合があります。そうなるとまた忘れてしまう。あせらず、あわてず一進一退しながら、どもりを心から認めてゆけたら、まず私達がそうしてゆけたら"普通にしゃべれるやん"ではなく、どもりの私達がどもりながら、しゃべっているのを普通に待ってくれるんではないでしょうか?どもりやから、どもるの当たり前なのに、どもってみるのもしんどいもんです。今の段階で100%どもってみるのは、精神的にもしんどいです。そして時には、どもらないようにしゃべりたい時もあります。"どもり"はいろんな形を変えてくるので、私達も試行錯誤しながら"進化するどもり"を楽しめたらいいな。いつの日か、どもりが普通にどもれる時が来るといいですね。どもらない人は、どもりを完璧に理解する事は出来ないでしょう。男が女を、女が男を理解するのがむずかしいように。なのでお互いに"思いやり"が必要なんだと思います。
私達はいろんな思いをして来ました、乗り越えて来ました、逃げもして来ました。ですから私達の方が少し強いように思うので、私達が余裕を持って大きな心で受け止めていけたら、と思いませんか? まず、私達が変わりましょう!!


2002年度 優秀賞

一大イベント

鍋割 正明

 「もうすぐ生まれますよ!」
 妻がとても苦しそうになってきた。その妻が陣痛の辛さに耐えながら、僕をベッドに呼び、「生まれたら、実家の両親にすぐに電話してね」と言った。陣痛の妻に付き添って昨晩からあまり寝ておらず、特に僕の頭は、もうろうとしていた。しかし、妻のさっきの一言で、急に頭がさえてきた。それは、この出産という一大イベントを、夫として感動的に迎える心構えのためではなく、ただ自分のどもりがそれ以上に気がかりだったためだ。妻の両親に電話をする。それはなんでもない事であり、どもりでない人であれば、この一大イベントの時には、感動を共有できる夫としての大切な役割であろう。しかし、この時の僕は、そんなことよりも、ただただ自分が、どもらずに電話をし、うまく妻の両親に伝えることができるかどうかが、一番気がかりだったのである。
 なんとも自己中心的な、なんとも頼りない、なんとも心の小さな男であろうか。
 「だんなさん! もう頭が出てきましたよ!」
 そんな助産婦さんの言葉なんて、どうでも良かった。ただ、もうすぐ電話をしなければならない、という嫌悪感のみが僕の頭でうずまいていた。
 「だんなさん!おめでとうございます!元気な女の子です!」
 喜びとは逆に、「ついに来た! 電話をしなきゃ!」という思いで頭は真っ白。体はコチコチ。妻にお疲れの声をかける間もなく、疲れ果てた妻に目もくれず、一目散に電話に走った。心の中では、「くそう! 電話かけたくない!」と叫んでいた。
 それからの記憶はない。上手く伝えられたのかも、覚えていない。ただ、電話越しで、ありがとう! ありがとう!と妻の父が喜んでいた。
 一大イベントである、妻の出産を終えての感想は、どもりで緊張して困った、ということだ。今でも、妻に悪いと思っている。

*** この作品は『吃音を生きる』に収録されています ***


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