第13回 吃音と向き合い、語り合う
伊藤伸二・吃音ワークショップ in 東京・概要
・日時:2026年1月12日(月・祝)
・会場:北とぴあ
※伊藤伸二ブログに掲載された記事から、「第13回 東京吃音ワークショップ」報告の概要をまとめました。
今年の参加者は、15人。ひとりひとりの人生に耳を傾け、シェアし、豊かないい時間を過ごしました。はじめに、参加者ひとりひとりが声を出しておいた方がいいだろうと思い、簡単に自己紹介をしてもらいました。
みんなの自己紹介が終わった後、初めての人もいるので、簡単に僕も自己紹介をしました。吃音に悩んできたおかげで、今、とても充実した人生を送っていること、今、社会からのメッセージがたくさんあって、その中から自分でどうみつけていったらいいか分かりにくい時代になっていること、だからこそシンプルに伝えたいことがあり、それは、吃音は治らない、治せないということ、それを納得して生きることが大切だということ、どもりは治らない、治せないけれど、変わるということ、治っても治らなくてもどっちでもいいことで、それより大事なことがあるということ。そんな話をして、事前に参加者からもらっていたリクエストに沿って、みんなで考えていきました。
参加者ひとりひとりが、それぞれに自分の経験を、自分のことばで話していきました。僕も、自分の経験、今まで出会ったどもる人やどもる子どもの話をたくさんしました。いつもそうですが、こういうとき、僕は、ひとりではない、僕のすぐそばに、これまで出会った大勢のどもる人やどもる子どもがいてくれることを感じます。実際に存在するそれらの人たちの経験を伝えていくことが、おそらく世界で一番たくさんのどもる人やどもる子どもに出会っている僕の使命なのだと思います。
大勢の前でどもって失敗した。気にしないでおこうと常に自分に言い聞かせていると発言した人がいました。僕は、失敗したなあ、恥ずかしいなあという気持ちを消そうとしないでおこうと言いました。無理矢理消そうとせず、ただそこにとどめておこう、と。感情をなくそうとすることは、難しいです。嫌だなあ、恥ずかしいなあという気持ちを消そうとせず、そこに置いておく。そして、日常生活を大切にして生きるのも吃音サバイバルのひとつなのかもしれません。
午後は、参加者のひとりと僕で対話をしました。その人に真剣に向き合って対話をしていると、知らない間に1時間を超えていました。真摯に、対話を続けてくれたその人、そして、その場を支えてくれたほかの参加者に対しても、感謝の気持ちでいっぱいです。
最後に、一人一人、参加しての感想を聞きました。
・当事者の気持ちを聞けたことがよかった。心が動く、おしくらまんじゅうをしたみたいで、温かい振動を感じた。
・困っている、悩んでいるということではなく、どう生きていったらいいかを考えられる充実したワークショップだった。
・本音を聞けたのがよかった。吃音は隠せない、自然体でいたいと思った。
・他の人の人生を聞く時間であり、自分の幼い頃を振り返る、不思議な時間だった。
・どもっているときの「間」を全く気にせず、話したり、聞いたりできるいい時間だった。仕事で、ここにいる人たちと会えなかった時間が長かったが、再会できてうれしかった。
・みなさんの話を聞いて刺激を受け、自分の中で対話をしていたようだ。
・こんな形のワークショップは初めて。自分のことばでしゃべることの大切さを感じた。
・あっという間に時間が過ぎた。もっと居続けたい気分。名残惜しい。
・自分の人生をみつめることができた。吃音という屈折率のあるレンズを通して人生を見てきたが、その他の人と違う見方ができていることを自分の強みとしたい。
・自分のことばで話すことの大切さを思った。
・すばらしい場だった。来年も参加します。
・自分の主宰するグループでも、このような場を作っていきたい。
・バックボーンも、年齢も、いろんなことがバラバラの人が集まり、対等に話ができる、貴重な時間だった。
みんな、豊かでいい時間だったと言ってくれました。吃音の、奥深い豊かな世界を味わった時間でした。
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2026/01/18
☆同ブログ 2026年01月18日「第13回 吃音と向き合い、語り合う 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京」記事
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