第10回吃音ショートコース報告・PART 3

2日目
《発表の広場》
09:00〜12:00

会場となったソフィウッド付近の朝

 吃音ショートコースで、毎回2日目の午前に開かれる「発表の広場」は、吃音者にとって貴重な時間です。ここでは何人もの吃音者の体験発表があり、JSP(日本吃音臨床研究会)、OSP(大阪スタタリングプロジェクト)の活動報告も行われるからです。
 JSP、OSPの活動報告では、吃音親子サマーキャンプを始め、その年に全国で行われたJSPの活動や、吃音に関する国際的な動きが分かります。吃音の切実な悩みにとらわれ、自分自身にばかり目が行き勝ちな吃音者が、その視線を、世代を越え、地域を越え、国境を越えた広い世界に向ける機会になります。
 また、他の人の吃音体験発表に接することで、吃音に悩むのは自分だけではないという連帯感を感じる機会になります。その一方、吃音症状とは言っても人により実にさまざまであり、感じ方、受けとめ方、悩み方に至っては一人ひとり全く違っていることを知り、内面的にも視野を広げる機会になるのです。

 今年の「発表の広場」は、5人の体験発表と4人の活動報告が行われました。
 当日、直前になって突然指名された、横田さん、橋本さんの見事な司会で、発表は進んで行きました。

兵頭潔さん 体験発表「父親として」

体験発表する兵頭さん  「発表の広場」の冒頭を飾ったのは、兵頭さんの体験発表でした。
 今は中学2年生になる息子さんの長年の吃音とのつき合いを、父親の立場から語って下さいました。
 兵頭さんご自身が吃音ショートコースに初参加であるだけでなく、吃音児の父親の体験発表も、これが初めてのものでした。

 「吃音治療」を目指した先の見えない日々と、大阪吃音教室を知り、サマーキャンプに参加してからの安堵の日々の対比が、少し抑え気味の口調で語られ、聞く者の胸を一層強く打つ。そんな発表でした。
 息子さんが小学校時代、担任の先生に宛てて書き、先生のコメントが付いた日記が残っていて、兵頭さんは、息子さんの吃音との長いつき合いを語る要所々々で、この日記を朗読されました。
 この日記に表現された、息子さん本人の吃音への気づき、自覚は、見事なものでした。また、先生のコメントからは、つらい日々にも先生やクラスの仲間が支えてきたことが分かりました。

 兵頭さんは最後に、奥さんの手記を朗読されました。
 息子さんの吃音に気づき、自分の子育てが原因かとご自分を責めたこと、伊藤さんと初対面の時に「吃音は治らない」と告げられ、その帰り道に母子でそのことを確認し合ったことなどが、昨日のことのように語られ、兵頭さん自身の発表と響き合うような内容の手記でした。


溜彩美さん 体験発表「私の生きてきた道程」

 溜さんは当日ひどく緊張し、言葉に詰まったりひどく吃ったりしながら手記を朗読しました。その一生懸命な姿に、温かい応援の拍手が送られました。
 吃音ショートコースの最後、3日目午後のティーチインでも、この発表が良かったという声がたくさんありました。


七野友子さん 活動報告「第15回吃音親子サマーキャンプ」

報告する七野さん  七野さんの発表は、今年のサマーキャンプの内容報告と、七野さん自身の7年にわたるサマーキャンプとの関わりの、2本立ての内容でした。
 後半部は、七野さんが初めて参加された1998年から今年までを、それぞれのサマーキャンプの概略と、七野さんにとっての意味を結びつけつつ振返るというものでした。最後に述べられた、来年のサマーキャンプへの期待の言葉を含め、サマーキャンプを立体的に描き出すものでした。


進士和恵さん 活動報告「世界吃音者大会への道のり」

報告する進士さん  進士さんは、1986年に京都で開かれた第1回世界吃音者大会に、その準備から関わって以来、20年にわたるJSP国際部長としての経験や、今年2月にオーストラリアのパースで開かれた国際吃音者連盟(ISA)総会、第7回世界吃音者大会の様子を報告して下さいました。
 とりわけ、今年の世界吃音者大会で、「吃音受容」を主張する伊藤さんの基調講演の時間を確保したこと、伊藤さんの話が大会会場一杯の拍手で迎えられたという話が印象的でした。
 また、伊藤さん、進士さん、川崎さんの3人で取り組んだ論理療法のワークショップでは、吃音者にとっては症状軽減よりも、吃音への本人のとらわれ度の軽減が大事だと伝えたそうです。
 最後に進士さんは、「吃音治療」への取組みしかないと言って良いオーストラリアでは、世界大会でも専門家の吃音治療についての発表が殆どだったそうで、そうした中、日本からの発表の意味が大きかったと話されました。


小川博章さん 体験発表「ドモリを直す『自己説得法』」

 小川さんの発表は、ご自分の吃音との取組みを元に、吃音者として生きることの意味を考えるというものでした。深く考え抜かれた内容と構成であり、それを「桃太郎」の童話を題材にして、巧みな語り口で分かりやすく伝えようとするものでした。
 諸富さんとは違う角度からの考察ではあるものの、今回の吃音ショートコースで発表するに、ふさわしいものだったと思います。

 ただ、ご自分の考えを「ドモリを直す○○法」と名付けておられるのは残念です。これでは、折角の趣旨を誤解されやすいと思います。一日も早く「どもりを治したい」と、わらにもすがる思いで小川さんの理論に接する人にとっては、余りにも遠回りの道だと、肩すかしに思えるでしょう。
 その前に、似た名称の悪徳商法がはびこる日本では、「ドモリを直す○○法」というだけで、あらぬ疑いを招く恐れがあります。

 つまずきの原因の一つは、小川さんがご自分の吃音体験だけを材料に、壮大な理論を組み立てておられることです。発表後、小川さんは伊藤さんから、小川理論の当てはまらない吃音症状の人たちがたくさんいることを聞き、とても驚ろかれたそうです。
 小川さんの発表が、善意、誠意、熱意に溢れるものであっただけに、残念なことでした。


桑田省吾さん 実践発表「全難言全国大会」

 神戸の小学校で「ことばの教室」の先生をしている桑田さんの発表は、今年の7月末近くに行われた、全難言(公立学校難聴・言語障害教育研究協議会)全国大会の、吃音分科会についての報告でした。
 現在、文部科学省は「特殊教育」から「特別支援教育」への移行を進めていて、吃音児への教師の対応を変えようという流れがあるそうです。そんな中、全国大会の吃音分科会に伊藤さんを招くまでの苦心と、当日、伊藤さんを迎えての大会の様子を、桑田さんは巧みに伝えて下さいました。


石井由美子さん 体験発表「どもりでハッピー」

 石井さんの発表は、小川さんの「どもりを治そう」という主張を明るく吹き飛ばすものでした。
 どもりが元で泣かされたり、いじめられたりしても、家族や、周囲の人たちが自分を支えてくれることを忘れなかった石井さん。どもりのことよりもむしろ、自分がどもるために実際以上に「誠実な人」と誤解されることを気にして悩んだ石井さん。まわりが良くしてくれるので、「どもりは自分の特権」と思っていたのに、吃音の仲間と出会って、特権を持つのは自分だけではないと知ってがっかりしたという石井さん。そして、仲間との活動のあれこれを、本当に楽しそうに語る石井さん。
 聞いていて、気持が晴ればれとする発表でした。


長尾政毅さん 体験発表「変わっていくこと」

 それぞれに印象深かった今年の発表の中でも、飛び抜けて深い内容だったのが、長尾さんの「変わっていくこと」でした。

体験発表する長尾さん  この発表は、今年大学1回生の長尾さんが、吃音受容と対人関係の気づきを中心に、小学校時代からこれまでに何度も訪れた、大きな変化の波についてまとめたものです。
 人生を送る途上で、吃音について、あるいは対人関係について、深い気づきがあり、人生に向う態度が大きく変化しても、それで決して問題が解決したわけではなく、そこが更に大きな問題に立ち向かうスタート地点になる、そんな深い内容が、等身大の言葉で語られています。

 この発表から分かることは、吃音という、解決しようのない問題を抱えることのかけがえなさです。
 吃音が容易に治る現象なら、あるいは治らないまでも気にせずに済ませられるようなものなら、人生の中でそれほど大きな役割を果すことはないでしょう。吃音が治らないものだからこそ、対人関係の場で切実に直面させられる厄介な問題だからこそ、さまざまなテーマに姿を変え、何度も人生に立ちふさがるのであり、変容を人に迫るのだと思います。

 この発表は英語に翻訳され、「国際吃音アウエアネスの日2004」の場で世界に向けて発信されました。その発表と世界各地から届いた反響については、こちらのページをご覧下さい。
 「国際吃音アウエアネスの日2004」は、10月22日で幕を閉じましたが、反響の一つにもあるように、長尾さんのこの発表はこれからも世界各地の吃音者を勇気づけ続けることでしょう。

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